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2025.03.04
イベント情報
「えどがわ伝統工芸産学公プロジェクト」第22回新作発表会レポート

2025年1月18日・19日、第22回「えどがわ伝統工芸産学公プロジェクト」新作発表会がタワーホール船堀で開催された。江戸川区の伝統工芸者と女子美術大学の学生との協働による新作37点が展示され、多くの来場者が訪れた。工芸者や学生らの声とともに、受賞セレモニーの様子をお届けする。
産学公が切り拓く工芸の新時代
「えどがわ伝統工芸産学公プロジェクト」とは、江戸川区の伝統工芸者の技と、美大生(女子美術大学)のデザインとのコラボレーションにより、現代のライフスタイルに合った伝統工芸品を生み出すプロジェクトだ。
2003(平成15)年度に始まり、今年度で22年目を迎える息の長いプロジェクトで、会場にはこの日を楽しみに来場した区民や関係者の姿が見られた。

参加した工芸者の方々を代表して、3名の方々にお話を伺った。
江戸川区伝統工芸会会長 甲和焼 林信弘さん

「参加を続けているのは、若い人たちの感性から生まれるデザインに期待しているからです。これまでの陶器の常識にとらわれない発想や斬新な提案を形にしていくため、大切にしているのは学生たちとの対話です。つくり手が楽しんで制作することが、良い商品を生み出すための重要な要素。技術的な制約があっても『できない』と決めつけず、丁寧に説明し、面白いものができるようしっかり話し合うことを心がけています」
江戸川伝統工芸保存会会長 江戸扇子 松井宏さん

「このプロジェクトへの参加を決めた22年前は、今まで通りのやり方を続けていては立ち行かないという危機感をもっていました。これまでに手がけたなかで特に印象に残っているのは、学生の発案で生まれた左右非対称の扇子です。シンプルながら斬新な発想で、10年ほど続くヒット商品となりました。扇子は形が決まっていますが、学生たちのアイデアを壊さないよう工夫し、より豊かな表現を実現する。それが次の世代の伝統となっていくことを目指しています」
江戸川区伝統工芸会 つまみ細工 植村佳織さん

「伝統工芸会に入会して間もなく、従来とは異なる新しい作風を評価していただき、プロジェクトへの参加を勧められました。身近に使えてくすっと笑えるような、かわいらしいものをつくりたいと考えていたため、学生のアイデアと組み合わせることで、クリームソーダをモチーフにした作品など斬新な提案が生まれています。動画サイトなどでは得られない細かい技術を伝えることを大切にしながら、ものづくりを追求していきたいと考えています」
伝統工芸への期待を映す、来場者のまなざし

会場には伝統工芸に関心をもつ多くの来場者の姿が見られた。偶然立ち寄った、というデザイン業界関係者の女性は、このプロジェクトの作品から新鮮な驚きを感じたという。
「ものづくりをされている方々への尊敬の念をもって作品を見ていました。特に『漆宝リールストラップ』が美しいですね。美大生とのコラボレーションを初めて知りましたが、若い学生さんたちの励みになりますし、伝統工芸の発信にもなる。意義深い取り組みだと感じました」
江戸川区在住の女性は、日常生活における工芸との関わりについて話す。
「これまでは遊び程度でハンドメイドを楽しんでいましたが、工芸者の皆さんの素晴らしい作品から刺激を受けて、最近はバッグなどをつくり始めています。世界に発信できるようなものづくりをするつくり手に身近に触れられる機会があるのは嬉しいです」
また、過去に親族が当プロジェクトに参加した経験をもつ、という男性は、活動の価値をこう評価する。
「デザインが面白く、学生たちのアイデアは素晴らしい。コラボすることで工芸者の方々にも新しい発見があるでしょうし、学生たちにとっても伝統に触れるいい機会になる。とても良いイベントだと思います」
クロージングセレモニーから見える創意工夫
19日17時からは関係者が一堂に会し、クロージングセレモニーが執り行われた。当プロジェクトを主導する江戸川区産業経済部の野口千佳子部長は、プロジェクトの成果を次のように総括する。

「5月のプロジェクト発会式から約8ヶ月、実質的な制作期間としては5ヶ月ほどの間、学生の皆さまには作品のアイデアを出し、工芸者の方々と共有しながら進めていただきました。どの作品も伝統ある技術や高い技法に、新しい息吹が加わった夢のある発想や色合いで、素晴らしい作品ばかりでした」
今回は37作品の中から、教員により選考された「教員賞(優秀賞)」2点と、来場者の投票による「えどがわ賞(最優秀賞)」が選出された。
教員賞 作品名「小さな季節」つまみ細工 工芸者:植村佳織 デザイン:小坂田睦

つまみ細工のもつ繊細な美しさを日常的に楽しむことができるよう、レジンと組み合わせてデザイン。さまざまな季節を小さなガラスの世界に閉じ込め、目に映った瞬間、心華やぐアクセサリートレー。
受賞者・女子美術大学 小坂田睦さん
「つまみ細工を見たとき、その繊細さに感動しました。髪飾りなどの用途で使われるこの技法を、より身近に楽しめる形にできないかと考え、季節の移ろいを切り取ったような小さな世界をアクセサリートレーにし、日常的に使えるものにしたいと思いました」
受賞者・工芸者 植村佳織さん
「小坂田さんの『つまみ細工をもっと身近に』という提案はとても新鮮でした。レジンという現代的な素材と組み合わせることで、作品を光に透かすと大変美しく見える効果が生まれました。また、季節をテーマにすることで、コレクションしたくなるような商品性も意識しています」

女子美術大学理事・後藤浩介教授
「繊細な造形が特徴的な作品で、レジン(樹脂)との組み合わせによりつまみ細工の発色が豊かになっています。このレジンとつまみ細工を合わせる、という新しい試みを評価し、選出させていただきました」
教員賞 作品名「あっ…」江戸風鈴 工芸者:篠原由香利 デザイン:中野佑香

今まさに飲もうとしていた味噌汁をこぼしたときの悲しみたるや……。そんな思いをしないよう、先回りをした風鈴。クスッと笑えるような、小さな幸せが届きますように。
受賞者・女子美術大学 中野佑香さん
「工芸者の篠原さんから『傾いた風鈴のデザインを考えてみてほしい』というテーマをいただきました。他とは違う面白い要素を伝統工芸のなかに取り入れたいと考え、誰もが経験したことのある『味噌汁をこぼす』というちょっとした失敗を題材にしました」
受賞者・工芸者 篠原由香利さん
「中野さんの『不幸が先に起きているから、後は幸せになるだけ』という発想に共感しました。ミニマルなデザインでありながら、短冊に豆腐やネギをあしらうなど、味噌汁がこぼれる瞬間がはっきり表現されるよう工夫しました」

女子美術大学・荒 姿寿准教授
「一見すると黒い風鈴に模様が付いているように見えますが、短冊のデザインを見た時に皆さんが『あっ…』と感じる瞬間があると思います。デザイナー自身の視点が明確に表現されており、多くの人が共感できる作品に仕上がっています」
えどがわ賞 作品名「煌美 ⁃きらび⁃」染色 工芸者:草薙惠子 デザイン:山口真奈

墨流し染めに手描き友禅の技法を組み合わせて制作した孔雀クッション。広げた羽が末広がりを意味し、子孫繁栄、邪気を払うと信仰されたことから縁起物とされた孔雀柄は、結婚のお祝いなどにも最適。
受賞者・女子美術大学 山口真奈さん
「染色のもつ鮮やかな色彩表現に魅了されました。孔雀の羽をモチーフに選んだのは色彩の豊かさに加えて、末広がりという縁起物の意味合いをもたせたかったからです。人生の晴れやかな場面、特に結婚のお祝いなどで使っていただける作品にしたいと考えました」
受賞者・工芸者 草薙惠子さん
「山口さんの意図を実現するため、友禅と墨流しの技法を組み合わせるという新しい試みに挑戦しました。特に孔雀の羽を表現する際は、何度も試行錯誤を重ねましたが両者の技法をひとつにすることで、より豊かな表現が可能になったと思います」

江戸川区産業経済部部長 野口千佳子さん
「鮮やかな色使いを中心によく考えられた作品で、来場者のアンケートでも『鮮やかな色彩が素敵』『幸せを運んでくれるような気がする』といった声が数多く寄せられました。家に置くと幸せが充満しそうな、そんな期待がもてる素晴らしい作品です」
若い感性が描く伝統工芸の未来
プロジェクトに参加した学生たちは、工芸者との協働を通じて、伝統工芸の新たな可能性を見出している。受賞した3名に喜びの声を聞いた。

(左から)教員賞を受賞した小坂田睦さん、えどがわ賞を受賞した山口真奈さん、教員賞を受賞した中野佑香さん。
えどがわ賞 山口真奈さん
「長年プロとして活動されてきた方とコラボレーションできると聞き、当プロジェクトへの参加を決意しました。草薙さんと一緒に作業を進めるなかで、これまで教室では学べなかったような技法の組み合わせや、色彩表現の可能性を教えていただきました。工芸者さんの技術と経験に触れることで、伝統工芸がいかに奥深く、そして現代にも通じる魅力をもっているかを実感できました」
教員賞 小坂田睦さん
「植村さんと一緒に作業するなかで、一つひとつの工程に込められた意味や、素材のもつ特性について、たくさんのことを学びました。伝統的な技法は、何百年もの試行錯誤の末に確立されたものだけれど、だからこそ新しいものと組み合わせたときにも、確かな美しさを生み出せるのだと気づきました。この経験は、これからデザイナーを目指していくうえで視野を大きく広げてくれました」
教員賞 中野佑香さん
「篠原さんとの対話を通じて、伝統工芸は決して古いものではなく、むしろ現代の私たちの感覚とも響き合える豊かな表現力があるのだと分かりました。大切なのは、伝統の技法を守りながら、今の時代に合った新しい解釈を加えていくこと。そうすることで、伝統工芸はより身近な存在になっていくのではないかと思います」
22年の歴史を重ねてきた「えどがわ伝統工芸産学公プロジェクト」は、世代や立場を超えた対話と協働を通じて、伝統工芸の新たな価値を生み出し続けている。そこにある確かな技と若い感性が響き合う創造の現場が、伝統工芸の未来を広げていくのではないだろうか。

◆プロジェクト概要
「えどがわ伝統工芸産学公プロジェクト」第22回新作発表会
2025年1月18、19日 10~17時 タワーホール船堀1階 展示ホール1
https://www.city.edogawa.tokyo.jp/e032/shigotosangyo/project/event/22shinsaku/22happyoukai.html
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https://edocolle.jp/onlineshop/