江戸川「もの」語り Story

【清掃ブラシ】創業109年の老舗がつなぐ、食の安全を支えるものづくり
東京都江戸川区中央の住宅街に、創業109年を誇る清掃用品メーカーがある。1916(大正5)年に愛知県名古屋市で創業した「株式会社高砂(創業当時は堀井商会)」は、昭和に入ってから江戸川区に拠点を移し、以来90年以上にわたりこの地でものづくりを続けてきた。現在は食品工場向けの業務用清掃ブラシを主力に、毛材9種・形状32種を組み合わせた900種類に及ぶ製品を展開。「抜けない」「欠けない」確かな品質で食の安全を支える、その生産現場を訪ねた。
家庭用から業務用へ、時代を見据えて選んだ道
高砂の前身である「堀井商会」が産声を上げたのは大正時代。世の中にまだプラスチックは存在せず、主に天然素材を使ったほうきやたわしなど、家庭で使われる清掃用品づくりをしていたと、4代目代表取締役の吉田典靖さんは語る。
「当時の看板商品は、シダ植物の繊維を使った『高砂ほうき』と椰子の繊維であるパームを使った『正直たわし』。東京に進出したのは1934(昭和9)年のことです。市場開拓のため、江戸川区の東小松川に堀井商会東京出張所をつくり、そこに派遣されたのが、のちに当社の2代目社長となる私の祖父・吉田新次でした。それから数年後に3代目である私の父が生まれたそうです」
創業当時のいきさつを語る、株式会社高砂の4代目社長・吉田典靖さん。背後には社名の由来となった、自社製ほうきの商標「高砂箒」の歴史を感じさせる看板が。
古い資料に残る、創業時につくられていた製品の写真。戦時中の物資が少ない時期も、配給をやりくりしながら椰子の繊維を使った庭ほうきやたわしを製造していたそうだ。
事業の順調な成長を受け、1947(昭和22)年に、現在も社屋を構える江戸川区中央に移転。その3年後には「日本枝朶(しだ)パーム工業」として株式会社化し、生活様式の変化に合わせてモップやブラシといった清掃用品のラインナップを拡充していった。
1970年代以降はホームセンターの台頭とともに事業も成長、売上は10億円を超える規模に。しかし2000年代に入って、国内メーカーを取り巻く環境は一変する。
「私が入社した1990年代は、ホームセンターが日本各地に増えて売上は伸びていましたが、そのぶん価格競争も激しくなっていました。2000年代になると、中国の工場でものづくりをするメーカーが増えたことで、より安価な製品が市場に溢れるようになったんです。得意先も、より安いものを求めるようになり、いつしかものすごい量の在庫を抱えるようになってしまって。『安くて大量』の商売はもう立ち行かない、という事実に直面しました」
転機が訪れたのは2004年。初めて自社のウェブサイトを開設した後、大手食品メーカーから「現在、工場で採用している清掃ブラシが大きくて重く、使いづらい。日本製でもっといいものはないか」と問い合わせがあったのだ。調べたところ、日本の多くの食品工場ではヨーロッパ製の清掃ブラシが使用されていることを知る。これが、業務用ブラシ市場との出会いだった。
「これは新たな市場開拓の可能性になると感じ、2007年、飲食店用の商材を扱う展示会に業務用の清掃ブラシ類を出展しました。しかし、結果は完全な失敗。家庭用と同じ素材を使っていたところ『ブラシの毛部分にクセが付き、3日でダメになった』とクレームが届いたのです。業務用と家庭用は全く違う世界で、業務用では毎日何度も繰り返す使用に耐えうる、さらに丈夫な素材が必要でした。結局、新しい業務用ブラシのためにと仕入れた約2トンの材料はすべて廃棄になりまして。あのときの悔しさは今でも忘れられないです。次は絶対に『本物』をつくってやろう、と思いましたね」
社運をかけた投資で、本場・ヨーロッパの機械を導入
2010年、吉田さんが4代目社長に就任したことを機に社内改革が始まった。その第一歩が、2013年に行われた日本枝朶パーム工業から高砂への社名変更だ。
「インターネット通販を始めたとき、枝朶に対して『なんて読むんですか』『漢字変換ができない』といった問い合わせが相次ぎました。そこで、もともと清掃用品のブランド名として親しまれていた『高砂』に統一することにしたんです」
大正初年にデザインされた高砂の商標。世阿弥の謡曲「高砂」に由来し、長寿や夫婦円満などの象徴として、古くから縁起のよいものとされてきた。
次に行ったのが、外部工場と連携したものづくり体制を見直し、自社工場で業務用ブラシの製造体制を強化すること。そんな決意の表れとして、吉田さんは「崖から飛び降りる覚悟で」、ブラシの台座に一本いっぽん毛を植え込むヨーロッパ製の植毛機械を導入する。
「自社製造を強化すれば、もし不良が発生したとしてもメカニズムを理解し、形状を改良して、さらにつくり込んだ品質のものを提供することができます。当社としては巨額の投資で、まさに社運をかけた選択でした。しかし、その植毛機械がたった2週間で壊れてしまったんです」
当初は機械に不良があったのでは、と考えたが、製造元とのやり取りによって原因がわかってきた。手順通りに動かせば安定した品質の製品を生み出す日本の産業用機械とは異なり、ヨーロッパの機械はプロが扱うことを前提としている。気候・湿度・材料といった条件によって微調整が必要な、まさに “職人の国の機械” だったのだ。
「高い機械を買ったらいい商品がポンとできる、というものではないことが身に染みてわかりました。しかし、運転の担当となった社員がこの難しい機械にとことん向き合い続けてくれまして、徐々に運転技術を習得してくれたんです」
業務用ブラシの需要を支える食品業界には保守的な傾向があり、異物混入などのトラブルが起こらないうちはめったに清掃用具を変えないという。自社製造への転換後、高砂が食品工場からの信頼を得るまでには、実に3年を要した。
鮮やかな色の業務用ブラシ。万が一、台座の破損や毛材のヌケが起こって食品に混入したときでも、すぐ発見できるよう工夫されている。
「新規参入が難しいのは当然です。例えばコンビニエンスストアのお弁当をつくっている食品工場では、ブラシの毛が1本抜けて商品に混入するだけで、1万店舗分のお弁当を回収する規模の事故になる可能性があります。食品の品質を保たないと会社が存続できないぐらいの危機感を持って製造されているなかで、当社のブラシを選んでくださる会社が少しずつ増えてきたことには、大きな喜びを感じました」
ついには、植毛機械を朝から夜までフル稼働させても追いつかないほどの注文が殺到。現在では4台の植毛機が稼働している。「HACCP(ハサップ)」と呼ばれる食品衛生管理手法に対応した、32種類の形状と9種類の毛材を組み合わせ、900種類ものブラシを製造できる体制が整った。
独自に開発した、業務用に特化した毛材。特殊な繊維の断面は、汚れを落としやすい三角形になっている。
変化を恐れぬ不断の努力によって、高砂のブラシは「抜けない」「欠けない」という品質への信頼を獲得していった。
機械と職人が一体で生み出す「抜けない」「欠けない」品質
実際の生産工程を見せてもらった。工場に足を踏み入れると、規則正しい機械音が響いている。作業中にもかかわらず、来客に気づくと手を止め、明るく挨拶してくれる社員やパートの方々の表情が印象的だ。
この工場で生産されている主力商品が、HACCP・異物混入対策を強化したブラシ「HP・HPMシリーズ」だ。日本人の体型に合わせたサイズ感と軽量のボディ、そしてオリジナルで開発した特殊毛材による洗浄力を兼ね備え、1日2時間・3カ月間の使用が可能な高い耐久性を有している。
吉田社長が「崖から飛び降りる覚悟で購入した」と語った第1号の植毛機。苦労をともにして技術を磨いた社員が、機械の調整を行いながら生産を見守る。
機械の傍らには製造担当者が付き、材料のロットごとの微妙な違いや気温・湿度などの環境条件を考慮しながら、運転に細かな調整を加えていく。この機械と人とが一体となる技術こそが、高砂の高い品質を支えている。
ブラシの台座部品に、ドリルで植毛用の穴を開ける。その穴の中に、適切な量の毛材を機械によってしっかりと植え込んでいく。
たわしやパイプブラシの製造では、針金を使ったねじり式の植毛を行う。針金をひねって毛材を巻きつけ、らせん状に成形した後、毛の長さを均一にカットする。
「植毛加工を終えた後は『毛刈り』の工程に入ります。ブラシの表面が一定に整っていないと、洗浄力に影響するからです。自動毛刈り機を用いても、硬い毛を均一な長さに仕上げるのにはコツが要ります」
ブラシの毛刈り作業。カーブのある製品づくりには人の手による調整も必要となってくる。
完成した製品の検品も気を抜けない作業だ。毛材の断片が付着してしまえば、食品に対する異物混入の原因となる。植毛、毛刈りとそれぞれの工程で入念にエアーブラシをかけるが、検品後の包装を行うときもあらためて入念にチェックし発注先へ送り出している。
目視で丁寧に製品の状態をあらため、付着物などがないか確認しながら、梱包を行っていく。
そんな高砂のこだわりが象徴的に伝わってくる製品は、業務用のまな板洗浄などに使用する「HPハンドブラシL」。家庭用お風呂のタイル洗いブラシをベースに、細部にわたってつくり込んだ看板商品だ。
「手で握りやすいよう台座をカーブさせ、側面には溝を付けて滑りづらくしています。また、ブラシの先端部分だけ台座を厚くして、毛材の長さを短くしています。これによって先端部分に硬さが生まれ、汚れが落ちやすくなるんです。衛生管理上、引っかけて収納している工場が多いので、フックがかかる部分を大きくしています」
高砂には様々な清掃用途に合わせたHACCP対応ブラシのラインナップがある。(手前から)隅までかき出しやすいよう先端を細く仕上げた「HP ハンドブラシ L(黄)」、中央を細く仕上げた台座が握りやすい「HP ハンドブラシ M(赤)」、手のひらで力を入れてつかめる形状の「HP ハンドブラシ 丸型(緑)」。
鮮やかな5色展開は、HACCPに対応している証しだ。「野菜用」「肉用」と色で直感的に判別でき、場所ごとに菌の汚染を広げない管理ができるようになっている。
「最近は食品工場の現場でも海外出身のスタッフが増えています。たとえ言葉が通じなくても、色で用途を理解してもらえるのがHACCPの利点。今後もお客様のニーズに耳を傾けながら、安心・安全で使いやすい商品を拡充していきたいです」
江戸川区とともに歩みながら目指す「小さな日本一」
江戸川区にものづくりの拠点を置いて90年以上の時が経過した。ただ、地域との関係は必ずしもずっと順風満帆だったわけではない、と吉田社長は振り返る。
「かつては近所に住む方にとって、ものすごく邪魔な会社だったのではないか、という反省があります。というのも、注文が増えるほど出荷のトラックの数も増えます。トラックや社用車で道が狭くなり、出勤時間帯にはクラクションを鳴らされることもありました。駐車場が広くなった現在、その問題は解消されましたが、いてもらいたくないと思われるような会社ではダメだ、と考えて、今も月1回の近隣清掃を続けています」
「掃除用品を製造する会社として、地域をキレイにして恩返しをしなければいけない」と江戸川区についての思いを語る吉田社長。
吉田社長にとっての故郷である江戸川区。どういう部分に区の魅力を感じるか、訊いてみた。
「子育て環境が良く医療施設も充実していて住みやすい、と妻は言います。そうやって人が集まるおかげか、当社のパートさんは家事も育児もしながら仕事もバリバリこなす、非常に優秀な方が多い。私にとって江戸川区の魅力は彼女たちです。お子さんが熱を出したら途中で帰れるような柔軟な勤務体制を用意し続けて、高砂の生産力をこれからも支えてもらいたいと思っています」
2007年から18年間、毎年、社員に配布している「経営計画書」。全社員が毎朝この計画書を読み上げ、理念を共有する積み重ねが組織の強さを生んでいる。
人の力がものづくりを支える、というのが社長の信念だ。高砂にはパートも含めた全社員が日報を共有する「カイゼン提案」というシステムがあり、そこでは「仕事のこういう面がやりづらい」といった率直な意見交換が交わされている。現場の声を聞き、より良い環境を目指し続ける社風が、高砂のものづくりの力に直結しているのだ。
また、2020年のコロナ禍をきっかけに始まった新たな挑戦もある。一般消費者に向けた清掃用品ブランド「CRASOU(クラソウ)」の発表だ。
「ギフトでもらったら嬉しい清掃用具」がコンセプトの「CRASOU」。持ち前の品質の良さとデザイン性を兼ね備えた高級感のあるブラシ類を展開し、現在は大型雑貨店や大手通販サービスなどで販売中。
「業務用ブラシで培ってきた技術を、あらためて一般消費者に届けるチャレンジです。食品工場の業界では一定の評価を確立できた今、BtoBだけでなくBtoCの柱をつくりたい。それが次の100年に向かう布石になってくれたら」
吉田社長は長年、「小さな分野の日本一」になることを目指してきた、と話す。
「世界進出とか大きな目標を抱くのも悪くないのですが、まずは『日本の食品工場』という分野の中でシェアナンバーワンを獲得するというのが目標です。大切なのは社員たちが高砂に誇りを持って働いてくれること。そのためにもしっかりと『日本一』を目指していきたいです」
「CRASOU」シリーズのひとつであるネイルブラシ。持ち手に再生プラスチックを使用し、手にも地球にも優しい商品。えどコレ!オンラインストアでも発売中。
江戸川区に根ざしながら、食の安全を守り、人々の清潔で豊かな暮らしを支える。「高砂ほうき・正直たわし」から始まった創業時の精神は、「抜けない」「欠けない」誠実な品質となって、100年以上が経った今も変わらず高砂の中に息づいている。
Writing 木内アキ
Photo 竹下アキコ
事業者のご紹介
1916年(大正5年)、愛知県名古屋市でたわしや庭ほうきの製造業「堀井商会」として創業。1934年(昭和9年)に東京都江戸川区に進出、以来この地で清掃用品の製造を続ける。2010年に社名を「高砂」に変更。現在は4代目代表取締役の吉田典靖さんのもと、食品工場を中心とした業務用ブラシを中心に清掃用品の製造を手掛ける。2020年より、一般消費者向けブランド「crasou」を展開。
・株式会社高砂
・東京都江戸川区中央2-2-3



