江戸川「もの」語り Story
【小松菜】都市の畑で守り、育む、江戸川区の伝統
小松菜
K&K Farm
門倉農園 門倉周史さん
小原農園 小原英行さん
江戸川区を「発祥の地」とする日本固有の伝統野菜、小松菜。江戸時代、この地を訪れた8代将軍徳川吉宗公が、小松川地域で栽培されていた青菜を食し、地名から名付けたという由来が残る。江戸川の多くが農地だった時代から市街地へと変貌を遂げた現在も、全国有数の産地として、小松菜を大切に育てる農家が存在する。そのひとつが、都市農業の新しい可能性に挑戦する「K&K Farm」だ。門倉農園6代目の門倉周史さんと、小原農園4代目の小原英行さん、若き農業経営者のふたりがタッグを組み、独自の栽培技術や販路を開拓、伝統野菜の未来を切り拓いている。
「K&K Farm」は区内にある「門倉農園」と「小原農園」の2軒の小松菜農家が共同で経営している。両農園合わせておよそ5反(0.5ヘクタール)の畑でそれぞれ小松菜のハウス栽培を行いながら、技術と経営の両面で密接に連携を図っている。
ふたりで描く、都市農業の新たな形
江戸川区内の若手農家の交流を通じ、15年以上前に出会ったふたり。本格的に協力関係を築くきっかけとなったのは、東京都が主催する農産物の品評会だった。作物の生育状況を審査するこの大会で、ともに上位入賞を果たした帰り道、たまたま交わした農業談義から意気投合したという。
6代続く農家の後継ぎとして、幼稚園児の頃から「小松菜を作る人になりたい」と言っていた門倉さん。小学生1年生のときの将来の夢が「小松菜農家を継ぐこと」だった小原さん。ふたりは農地の宅地化や後継者不足など、多くの課題を抱える都市農業の活路を見出したい、という強い思いを共有していた。以降、小松菜栽培についての情報交換や協力を始めるようになったと話す。
ふたりとも代々受け継がれてきた栽培技術を有している者同士だが、「自分にない得意分野を相手が持っている」と口を揃える。一時は芸能界を目指したこともあるという行動派の門倉さんは、持ち前の営業力で販路開拓を行ってきた。一方、東京農大で農学を学んだ小原さんは学術的な見地を栽培に活かすのを得意としている。
「目指しているものが同じなのに、どっちが上か下かと争う必要はないですしね」と門倉さんが言えば、「人に隠すほど、自分たちの栽培技術が完成しているとは思っていませんから」と小原さんが答える。お互いの強みを認め合い、高め合う。そういう姿勢が二人三脚での小松菜の進化を可能にしているのだ。
それぞれの農園は独立した経営を保ちながらも次第に協力関係を深め、2017年より経営の一部共同を開始。その後、’20年のコロナ禍を協力して乗り越えたことを機に「K&K Farm」を設立、本格的な共同経営へと発展させた。
確かな栽培技術が支える、安定生産
今回の取材で訪問したのは、江戸川区春江町に位置する「小原農園」。ハウスの中に一歩足を踏み入れると、土の香りに包まれた。青々とした小松菜が整然と並ぶ様子に目を奪われる。
小松菜を育てるハウスは数棟あり、出荷目前の立派な小松菜で満ちている棟もあれば、ふっくらと耕した土から小松菜の小さな芽が出たばかりの棟もある。出荷の安定を図るため、それぞれ収穫期をずらした育成をしているという。
小原さんが畑の土を手に取って感触を確かめる。どれだけ栄養豊富な土壌を作っても、植物の根は水に溶けた養分しか吸収できない。近年の猛暑や大雨といった予想も付かない天候変化に気を配りながら、適切な水分量を管理するのは決して楽な作業ではない。光量や温度などの管理も緻密だ。
「昼間は水と日光をしっかり与えて光合成を促し、小松菜に養分を作ります。一方、植物が呼吸を行う夜は、昼間に蓄えた栄養を消費しすぎないよう、ハウス内の温度を低めに保つ。これを繰り返すことで、甘くてみずみずしい小松菜が育つんです」(小原さん)
植物生理を意識した栽培や、データに基づいた適切な肥培管理によって「K&K Farm」の小松菜はカルシウムを豊富に含み、えぐみが少ないため生でも食べられる。さらに、大きさのバラつきを少なくすることで、収穫や結束作業の効率を格段に向上させた。
確保できる農地面積が少ない都市農業において、生産性の向上は農業経営の生命線だ。先代の農法では年間7回転の生産をしていたそうだが、現在は4~5回転と作付けの回数自体は減っている。それなのに、収穫量は増えているという。
「僕たちが栽培するのは、根を除いても約46センチある大型の小松菜です。一般的な小松菜は25センチ前後ですから、およそ2倍。この大型化にはさまざまなメリットがあります。ひと株ひと株を大きく育てるため栽培期間は長くなりますが、そのぶん収穫の手間が減り、面積単位での収穫量は増加。しかも種をまく種子の量は半分で済むんです」(小原さん)
このような栽培技術はさまざまな業界から注目され、小原さんは2013(平成25)年と17(平成29)年、22(令和4)年に農林水産大臣賞を受賞。門倉さんも’17(平成29)年に東京都知事賞、’23(令和5)年には農林水産大臣賞を受賞した。
2024(令和6)年には、K&K Farmとして日本農業賞の東京都代表に選出され「東京都知事賞」「NHK局長賞」「中央会会長賞」を受賞。その後東京都代表として挑んだ日本農業賞では「特別賞」に輝くなど、都市農業の担い手として全国から高い評価を受けている。
「僕たちがやっていることは、それぞれの農園で代々受け継がれてきた小松菜栽培の技術を土台に、成功の共通項を探し、無駄な部分を省いていくことなんです。栽培品種の選定や病害虫対策など栽培試験をするときも、それぞれの農園で条件を変えながら同時に検証できるので、ひとりでやるより結果が早く出る。協力し合うことで、効率よく相乗効果を生んでいます」(門倉さん)
前例にとらわれず、新しい流通経路を開拓
市場出荷では、その日の気温や天候、市場全体の入荷量などによって相場は大きく変動する。栽培に手間をかけ、品質の良い小松菜を出荷しても、市況次第では採算が取れないこともある。そういった従来の流通経路に頼らず、独自の販路を開拓していることも「K&K Farm」の強みだ。
「市場出荷を主にしていた当時は、農家の努力が必ずしも収入に反映されない、という思いがありました。それなら自分で営業すれば納得のいく値段で販売できるのではないかと考え、高級スーパーを中心に直接売り込みを行ったんです。最初は苦労の連続で、断られたことも一度や二度ではありませんでした。でも、いつか『門倉農園』の小松菜を扱いたいと言わせてやる、という気持ちで悔しさを活力に変えていました」(門倉さん)
その姿勢が実を結び、現在では多数の百貨店や高級スーパーと直接契約、門倉さんの育てた小松菜が店頭に並んでいる。
この取り組みに刺激を受けた小原さんも、東京23区内の小中学校給食への契約栽培を主軸とした販路を確立していった。
「管理栄養士の方々と情報交換をしながら、栄養価が高く、束の大きさが揃った加工しやすい小松菜を安定供給できる体制を築き上げました。それが小原農園で育てる大型小松菜です」(小原さん)
江戸川区の農業文化を発展させていきたい
「ここでやめるわけにはいかない」。そう決意を固め合った2020年のコロナ禍のことは今でも鮮明に覚えているという。
学校給食の停止やスーパーの営業制限により、一般的な小松菜農家の5倍以上にあたる月4トンの出荷量の維持が困難になった。それでも、いつ出荷が再開するか見通せないことを思うと、種はまき続けなければならない。お互いの持てるリソースすべてを使って協力し合い、大切に育てた小松菜を卸せる場所を必死で探した。そうした危機を乗り越えたことが、単なるビジネス上の協力関係を超えたより強い絆を生み「K&K Farm」を誕生させたのだ。
その絆がいま、新たな挑戦の原動力となっている。両農園合わせて約5反という限られた面積のなかでは、生産性を高め、どんなに技術改良を重ねても、生産量を1.2倍にするのが限界だ。その一方で、江戸川区内では高齢化や宅地の増加による環境変化などを背景に、離農する人が増えている。
「これからは地域の農業全体のことを視野に入れていかなければ、と思っています。先人たちが築いてきた栽培技術を受け継ぎながら、新しい発想も取り入れていく。そうやって時代に合った形で江戸川区の農業を守っていくことも、僕たちの仕事だと思っています」(小原さん)
その一環として、ふたりは地元のハーブ農家の技術継承にも着手し始めた。これは単なる事業拡大ではなく江戸川区の農業技術を受け継ぎながら、新たな農業の形を模索する試みだ。同時に、学校給食を通じた食育活動や収穫体験イベントの開催、フードバンクへの支援など、地域に根ざした活動も展開。農業を通じた新しいつながりづくりも始めている。
「ここで農業をやりたい、と思う若い人たちが出てくれば、もっと面白い道が開けてくると思うんです。そのためには僕たちが実際に成功例を見せていかないと。『発祥の地』という歴史に甘えず、しっかりとおいしい小松菜を育てていく。都市農業は土地面積こそ小さくても、消費地と近い利点があります。この土地で、農業で、ちゃんと稼いでいけるんだって、証明していきたいですね」(門倉さん)
今日もハウスでは新しい小松菜の芽が育っている。江戸川の地で百年以上にわたって受け継がれてきた小松菜栽培。その伝統は、ふたりの若き農家の手によって、確かな未来へとつながっていく。
Writing 木内アキ
Photo 竹下アキコ
事業者のご紹介
江戸川区内で代々小松菜を栽培する、小原農園と門倉農園による農業事業体。2017年に経営の一部共同を開始し、’20年より「K&K Farm」として本格的な共同経営をスタート。両農園合わせて約5反(0.5ヘクタール)の栽培面積を持ち、都内の学校給食や高級スーパーなどへの契約栽培を展開する。これまで農林水産大臣賞、日本農業賞の東京都代表に選出され「東京都知事賞」「NHK局長賞」「中央会会長賞」を受賞。2025年には都代表として日本農業賞の集団組織の部で「特別賞」を受賞した。
・K&K Farm