江戸川「もの」語り Story

【えどがわメティ】インド人の故郷の味が、文化交流を生む新たなブランド野菜に
江戸川区の特産野菜といえば「小松菜」。だが、区内にある小松菜農家の一角では現在、インドやネパールなどの国々で日常的に食べられているマメ科の野菜「メティ」の栽培が始まっている。
全国最多、8036人(2025年9月1日現在)のインド人が暮らす江戸川区で、「ここに暮らすインドの人たちにも故郷の味を届けたい」という有志の思いから始まったメティの栽培は、いまや多文化共生の象徴として、小松菜と並ぶ第二のブランド野菜の確立を目指す挑戦へと成長した。メティを通じて国籍を超えた新たなコミュニティを育む、「えどがわメティ普及会」の取り組みをレポートする。
インドの日常野菜を、江戸川区で育てるという挑戦
四つ葉のクローバーに似た可愛らしい葉が特徴の「メティ」は、シャキシャキとした食感と独特のほろ苦さで、インドやネパールの食卓で親しまれている野菜だ。油で炒めると、メープルシロップを思わせる甘い香りが広がり、うまみ成分を含んだ爽やかな味が料理に深みをもたらす。
このメティを江戸川区内で育てる活動を始めたのが、「えどがわメティ普及会」。地域社会への貢献を目指す人々の学びの場として、区が立ち上げた「江戸川総合人生大学」の卒業生5名が中心となって運営している。
発足のきっかけは同会代表の竹原京美さんと、人生大学の講師であるインド出身のインディラ・バット先生とが交わした雑談だった。
メティの研究結果報告会で、えどがわメティ普及会が誕生した経緯について語る代表の竹原京美さん。提供:えどがわメティ普及会
「バット先生がふと『インド人が大好きなメティという野菜が日本ではなかなか手に入らない。江戸川区にはたくさんビニールハウスがあるから、どこかで作ってもらうことはできないものか』とおっしゃった。私も海外で暮らした経験があるため、外国で故郷の味が食べられない苦労がよく理解でき、手に入らないのはきっと辛いだろうなと思ったんです」
生のメティは、インドやネパールなどの家庭料理に欠かせない日常野菜。「インドにおけるメティは、日本人にとってのネギと同じくらい頻繁に料理に使う野菜のようです」と竹原さんは言う。
畑の端っこででも作ってくれる農家がいたら、バット先生たちが喜ぶかもしれない。そんな気軽な気持ちで、知り合いの農家に声をかけ始めた竹原さん。しかし、その壁は想像以上に高かった。「大切な畑に、素性の知れない野菜の種を蒔くわけにはいかない」と、ことごとく断られてしまったのだ。それでも諦めず、栽培先を探すこと1年以上。メティに理解を示すJA(農業協同組合)の担当者が、ある小松菜農家を紹介してくれることになった。
「このとき、農家さんから『農家は野菜を育てて生計を立てている。プロフェッショナルを巻き込むのだから、中途半端にやめることなく、相応の覚悟を持ってやってください』と言われました。この言葉を聞いて、お願いするからには農家さんにもメリットがないといけないな、と気が引き締まりました」
バット先生との会話から数えること2年。2018年の春、ついに江戸川区でメティ栽培がスタートした。
小松菜農家の協力により栽培がスタート。しかし試行錯誤が続く
最初に栽培を引き受けてくれたのは、篠崎にある小松菜農家だった。といっても、すぐにうまくいったわけではない。「フェヌグリーク」というスパイスとしても知られるメティの種をどう育てればいいのか、知る人は誰もいなかったからだ。
メティの種子。乾燥させたものは「フェヌグリーク」というスパイスとして、カレーや炒め物といった料理の風味づけなどの用途で世界中で使用されている。
バット先生や、東京都農林総合研究センター 江戸川分場にも相談しながら、普及会のメンバーと農家とで協力し合い、共に手探りで栽培を進めていった。
「メティはインドの冬野菜で、15~25℃程度の気温を好みます。暑さに弱く7月~9月は栽培ができないのですが、春や秋であればハウス栽培なら種を蒔いてから約30日、成長が遅くなる冬は60日ほどで収穫できます。2018年4月後半に最初の収穫を迎えたときは、江戸川インド人会の会長であるジャグモハン・チャンドラニさんの家族が営むレストランで、メティの試食会を開いたんです」
インド人と日本人、合わせて約20人の招待客にふるまったメティ料理の反応は、竹原さんの予想を上回るものだった。
「インド人からは『故郷の味が日本で食べられる』という喜びの声が上がりましたし、日本人からも『おいしい』『面白い野菜だね』と好評でした。メティがインド人だけでなく、日本人にも受け入れられる野菜として世の中に広がる可能性がある、と確信したのはこの瞬間です」
試食会での手応えに背中を押され、竹原さんが一緒に活動していたメンバーと共に、えどがわメティ普及会を発足。インド人だけでなく日本人もターゲットにして、メティを広めていく決意を固めた。
まずは栽培してくれる農家を増やさなければ、とアプローチに力を注いだ結果、江戸川区の協力農家は5軒(2025年12月時点)に増えた。そのすべてが江戸川区発祥の特産品・小松菜を育てる農家だ。「小松菜を栽培する農家さんにとって、同じ葉物野菜であるメティは比較的、受け入れやすかったのかもしれません」と、竹原さんは分析する。
協力農家5軒のうち、最新のメンバーが「石塚農園」の石塚弘紀さんだ。祖父の代から続く小松菜農家の3代目として、農業に本格的に取り組み始めたタイミングで、JAの担当者からメティ栽培の話が舞い込んだという。
「まだ世に広まっていない新しい野菜だと聞いたときはワクワクしました」と、当時を振り返る石塚さん。ハウスの中の青々としたメティは石塚さんが育てたものだ。
「父から世代交代するタイミングでしたし、長年続けている小松菜とは違うこともやってみようと思ったんです。ただ、種蒔きの間隔の空け方から防虫対策まで、やってみないとわからないことだらけ。普及会の方々や先輩農家さんに相談しながら試行錯誤を続け、少しずつメティの癖を理解していきました」。そう石塚さんは振り返る。
テレビ放送で認知拡大。目指すは江戸川区発の「ふるさとの味」
実際にメティを育ててみると、小松菜との相性の良さを感じた、と石塚さん。
「うちの主たる作物である小松菜も冬が旬なので、栽培時期が重なるという課題はあります。ただ、メティと小松菜を隣に植えても、互いの成長を妨げることはありません。メティは比較的強い野菜のようで、畑の隅までしっかりと育ってくれます」
石塚さん(中央)の両脇でメティを見守るのは、えどがわメティ普及会の熊倉一郎さん(右)と小林洋さん(左)。種を届けるところから育ったメティをインド食材店に出荷する準備や配送まで、石塚さんと共に普及に取り組んできた。
石塚さんにとって、メティ育成の大きな励みとなったのが2023年11月に放送されたNHKの情報番組だったという。えどがわメティ普及会の活動が特集され、その中で区内のネパールレストランの店主が生のメティを手に語る様子を観たからだ。
「『これは故郷の野菜で、亡くなったお袋の味だ』と、ものすごく喜んでいたんです。その言葉を聞き、こんなにも必要とされている野菜なんだと実感できて。これはぜひとも作り続けていかなければと思いました。まだ栽培農家が少ないからこそ、今のうちにノウハウを身につけて、メティ栽培の第一人者になれるよう努力したいと考えています」
小松菜とは種の大きさも、生育に合った種蒔きの間隔も異なると知って、メティ専用の種蒔き機を準備した石塚さん。「需要と供給の安定化を目指し、普及会の方々と一緒に努力していきたい」と抱負を語る。
この放送を機に、江戸川区産メティの認知が大きく広まったと、竹原さんは振り返る。栽培当初は、在日インド人の食卓を支える区内のインド料理食材店が販路の中心だった。それが現在では、江戸川区内のカフェなどでメティを使ったメニューが提供されたり、スーパーで地元野菜として販売されたりと、区内でも広がりを見せている。
「江戸川区産のメティを食べたあるインド人は、『本国で食べているメティはもっと苦味がある。日本のメティは苦さがマイルドでおいしい。これなら子どもでも食べられる』と話してくれました」
江戸川区の気候と土壌の影響なのか、味わいにもオリジナリティが生まれていると、石塚さんは推察する。こうして、えどがわメティ普及会の活動は区にメティの根を下ろしていった。
「多文化共生」の新しいアプローチへ
えどがわメティ普及会の活動は、単なる「インド野菜の普及」にとどまらない成長を見せていると、代表の竹原さんは笑顔を見せる。
「江戸川区産のメティに着目し、普及会と協働研究を行っている文教大学国際学部の青木洋高先生は、『集住する外国人が地元の文化に適応する形ではなく、マジョリティ側である地元の人々から、外国人のコンフォートフード(故郷の味、懐かしい味)を活用し、国産化や普及活動に取り組む多文化共生の新しいアプローチ』だと、私たちの活動を評価してくださいました」
2024年1月には、普及会と文教大学が共同で、メティの食味官能検査を実施。クッキー、水餃子、カレーという3種の料理を「メティのみ」「小松菜のみ」「メティと小松菜」「どちらも入れない」という4パターンで調理し、参加者に食べ比べてもらった。すると、メティと小松菜両方が入った料理が最も「おいしい」という評価に。メティと江戸川区のブランド野菜・小松菜との間には、互いを引き立て合う効果が確認されたのだ。
収穫時期を迎えたメティ。豆苗に近いシャキシャキとした歯触りの中に、独特の苦味があるのが特徴だ。
こうした多文化共生の取り組みが評価され、2024年2月、えどがわメティ普及会は「多文化共生のために在留インド人の視点を取り入れているユニークな取り組み」として、総務省の「ふるさとづくり大賞」団体表彰を受賞した。竹原さんは、江戸川区だからこそこの活動が実現できたと語る。
総務省が主催する「ふるさとづくり大賞」で、えどがわメティ普及会が団体表彰を受賞。それぞれが”こころをよせる”地域を「ふるさと」と定義し、全国各地で「ふるさと」をより良くしようとがんばる団体や個人を表彰している。
「江戸川区には、インドにルーツを持つ8000人以上の方々というマーケットがあり、同時に、小松菜発祥の地として23区で最大の農業産出額を誇るほど多くの農業従事者がいます。この両方がうまくかみ合ったことが、私たちの活動を支えてくれています」
今後は「えどがわメティ」という名で、小松菜と並ぶ地域のブランド野菜となるようにメティの価値を高めていくことが普及会の目標だ。
江戸川区にある愛国学園短期大学の学生たちが開発した日本人向けのメティ料理レシピをイベントで配布や普及会メンバーによるメティを使った料理教室の開催、メティの茎を使ったお茶の試飲など、日本発の新しい味わい方の探求も進めている。今後の展望を、竹原さんはこう語る。
「私は江戸川区生まれ江戸川区育ち。普及会のメンバーは地元である・なしにかかわらず、地域のために何かできればという江戸川区への愛をもって活動してきました。今のメティはインド人にとっての『故郷の味』ですが、これからは新しい地元野菜として、江戸川区に住む人にとっての『コンフォートフード』にもなるかもしれません。私たちが江戸川総合人生大学で学んだのは『まちづくりは人づくり』ということ。メティを通じて多様な人たちが関わり合い、江戸川区に文化交流が生まれるコミュニティができていく。そんな可能性を感じながらこれからも普及活動に励んでいきます」
ひとつの声がきっかけとなり、農家、インドの人々、学生、地域住民を結びつけた、えどがわメティ。小松菜の里に新たに根を張るこの挑戦は、多様性を力に変えようとする江戸川区の未来を明るく照らしている。
事業者のご紹介
インドの日常野菜「メティ」を通じて、国籍・年齢・性別・職業などの垣根を越えた新しいコミュニティとカルチャーを江戸川区から発信したい、という理念のもと、江戸川総合人生大学の卒業生を中心に発足。江戸川区内の小松菜農家と連携したメティの栽培・普及を通じて、多文化共生と地域活性化に取り組んでいる。
・えどがわメティ普及会
