ステッキ専門T・HIDEO|銀座タカゲンの血を継ぐ唯一のステッキ職人
東京・銀座の老舗ステッキ専門店「銀座タカゲン」の家系に生まれ、現在、家系の中で唯一ステッキを手作りしている髙橋英雄さん。日本でも、手作りのステッキを専門とする職人は数少ないといいます。
髙橋さんが江戸川区松江に構える工房が「ステッキ専門 T・HIDEO(ティー ポイント ヒデオ)」です。一本のステッキは、どのような技術で作られているのでしょうか。髙橋さんがステッキ職人になるまでの歩みとともに、その仕事を紹介します。
2026.09.08
INDEX

会社員から木工の世界へ。髙橋英雄さんがステッキ職人になるまで
髙橋英雄さんは、銀座の老舗ステッキ専門店「銀座タカゲン」の三男として育ちました。
銀座タカゲンの創業は1882年。もともと刀剣商を営んでいた髙橋家では、明治時代の廃刀令をきっかけに、刀職人だった髙橋源蔵が刀を仕込んだ杖を考案したと伝えられています。その後、銀座でステッキや洋傘を扱う髙橋商店を開業。日本初のステッキ専門店とされる「銀座タカゲン」の歴史が始まりました。
そんな家系に生まれた髙橋さんですが、大学卒業後すぐにステッキ作りの仕事に就いたわけではありません。卒業後は、金融関係の会社に就職し、約2年間、会社員として働きますが、「自分はサラリーマンに向いていない」と感じるようになり、退職後に品川職業訓練校の木工課で一から木材加工の基礎を学びます。
修了後はステッキ職人への弟子入りも考えましたが、次に目を向けたのはビリヤードのキューでした。細長い木材を削り、精度よく仕上げていくキューの製作には、ステッキ作りと通じるところがあります。髙橋さんはビリヤードキューの製作会社「石垣キュー」に入り、キュー職人のもとで木材加工の経験を積みながら、ステッキ作りにも取り組むようになります。
約7年半経験を積んだのち、1998年に独立。江戸川区松江に工房を構え、「ステッキ専門 T・HIDEO」を設立しました。
そもそもステッキとは?杖との違いとその歴史
ステッキとは、歩くときに手に持って体を支える杖のこと。英語の「stick」に由来する言葉で、日本では洋風の杖を指して「ステッキ」と呼ぶことがあります。
ステッキは歩行を支える実用品であると同時に、装身具として使われてきた歴史もあります。19世紀の欧米では、紳士の装いを彩るアイテムのひとつとして、木や金属などの素材や持ち手の意匠を楽しむものでもありました。
では、「杖」と「ステッキ」は違うものなのでしょうか。髙橋さんは、両者を明確に分ける必要はないと話します。
「どちらも歩くときにつくもの。かっこよくついてもらえればいいと思っています」
歩行を支える道具でありながら、装いの一部としても楽しめる。髙橋さんのステッキ作りには、そんな考え方があります。
木製ステッキができるまで。職人の手仕事と製作工程
取材に訪れた工房には、蚊取り線香の香りが漂い、BGM代わりのラジオが流れていました。髙橋さんはこの場所で、一本ずつステッキを作っています。
髙橋さんが作る木製ステッキは、持ち手とシャフト(棒の部分)をそれぞれ加工し、組み合わせて一本に仕上げていきます。
持ち手は、型を当てて電動のこぎりで切り出します。工房には形や大きさの異なる型が数多くあり、作るステッキに合わせて使い分けています。
一方、シャフトは角材を回転させながら削る機械を使って、丸い棒状に加工します。
ただし、機械で加工しただけでは、持ち手とシャフトをつないだ部分にわずかな段差が残ります。そこで髙橋さんは、接合部分をヤスリなどで削り、手作業でなめらかにつながるように調整します。
機械で形を作り、人の手で細かなずれを整える。一本のステッキは、機械加工と手作業を組み合わせながら形になっていきます。
ステッキ作りで最も難しい「塗装」
ステッキ作りで最も難しい工程は何か。髙橋さんに尋ねると、挙がったのは意外にも「塗装」でした。
髙橋さんは、加工から塗装までを自ら手がけています。仕上げに使うのはポリウレタン塗装。難しいのは、気温や湿度によって仕上がりが左右されることです。特に湿度が高い時期には、塗装が白っぽく曇る「かぶり」が起こることがあるといいます。
塗料とシンナーの配合なども、経験を重ねながら身につけてきたもの。木を削って形を整えるだけでなく、最後の仕上がりまで自分の手で見極めることも、髙橋さんの仕事の一部です。
塗装は一度で終わるわけではなく、乾燥させながら仕上げていくため、完成までには時間がかかります。木を削って形を整える技術だけでなく、その日の湿度や塗料の状態を見ながら仕上がりを調整することも、ステッキ作りに欠かせない仕事です。
メープルや樫、黒檀。木で変わるステッキの表情
木製ステッキに使われる素材もさまざまです。髙橋さんは、メープルや国産の樫をはじめ、黒檀や紫檀などの木材を使い分けています。
なかでもメープルは比較的手に取りやすいステッキに使われる素材。一方、黒い見た目や硬さが特徴の黒檀(こくたん)や、艶や耐久性に優れた紫檀(したん)などは価格も高くなります。希少な木材は、材木店に丸太や床柱などがないか尋ね、見つかればステッキに使えるよう製材してもらうこともあるそうです。
木が変われば、色や木目はもちろん、重さや手にしたときの感覚も変わります。同じ形のステッキでも、使う木材によって仕上がりの印象は異なります。木の種類を変えて、複数のステッキを持つ人もいるといいます。
使う人に合わせて仕立てる一本のステッキ
ステッキは、使う人の体格に合った長さを選ぶことも大切です。髙橋さんが目安としているのは、「身長÷2+3cm」。完成したステッキを短く調整することもできます。
持ち手の大きさも一つではありません。手の大きさなどに合わせて、持ちやすいサイズを選びます。
これまでには、夫が使っていたステッキを妻が引き継ぐために作り替えたこともありました。シャフトはそのまま生かし、妻の手には大きかった持ち手を小さなものに交換。使う人に合わせて、新たな一本として仕立て直しました。
長く使ううちについた傷なども修理できるといいます。作って終わりではなく、使う人や使い方の変化に合わせて手を入れながら使い続けられることも、髙橋さんが作るステッキの特徴です。
ステッキ作りを支える、江戸川のものづくり環境
髙橋さんが江戸川区に工房を構えてから、30年近くになります。
30年近くこの場所で仕事を続けてきた髙橋さんは、江戸川区について「仕事をするには最適」と話します。
工房周辺は準工業地域で、金物を扱う店や機械の修理を頼める事業者などがあり、木材を扱う木場にも足を運びやすい場所です。ステッキ作りに使う古い機械を長く使い続けるうえでも、修理などを相談できる事業者が近くにあることが、この場所で仕事を続ける利点になっています。
一方、工房の周辺には住宅もあり、近くの小学校へ通う子どもたちの通学路にもなっています。ものづくりに必要な環境が身近にありながら、地域の暮らしとも隣り合っている。髙橋さんにとって、そんな環境も江戸川区で仕事をする魅力のひとつになっているのかもしれません。
「靴を選ぶように」自分に合うステッキを選ぶ
ステッキは、歩くために必要になってから初めて手にするもの、というイメージがあるかもしれません。しかし髙橋さんは、もっと身近に、自分に合う一本を選んでほしいと考えています。
「靴を選ぶのと同じような感じで、ステッキも選んでもらえたら」
歩くことを支える道具でありながら、素材や形を選ぶ楽しさもあるステッキ。髙橋さんは今日も、一人ひとりが自分らしく手にできる一本を作り続けています。
Column
事業者のご紹介
東京・銀座の老舗ステッキ専門店「銀座タカゲン」の家系に生まれたステッキ職人・髙橋英雄さんが営む。会社員として働いた時期を経て木工の世界に入り、ビリヤードキューづくりで木材加工の腕を磨いたのち、1998年に江戸川区松江で独立した。以来、持ち手とシャフトの加工から、仕上がりを大きく左右する塗装まで、一本一本を自らの手で手がけている。
・ステッキ専門T・HIDEO
・東京都江戸川区松江4-30-8

































