江戸川「もの」語り Story
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【きな粉・麦茶】大豆と麦の声を聴く 伝統の石窯焙煎
きな粉・麦茶
小川産業
小川良雄さん
朝の工場に立ち込める芳ばしい香り。小川産業株式会社(以下、小川産業)の石窯では、今日も大豆や麦が、絶妙な火加減で煎られている。1908(明治41)年の創業以来、三代にわたり受け継がれてきた石窯による焙煎。現代では珍しくなったこの製法を続ける理由は、素材本来の甘味と香りを最大限に引き出せるからだ。3代目社長の小川良雄さんに、伝統の技と新たな挑戦について話を聞いた。
古川と新川、かつてふたつの川が流れていた江戸川区江戸川に小川産業はある。江戸時代から昭和のはじめ頃まで物資を運ぶ舟運が盛んで「昔は舟の係留所の周りに茶屋や洋食屋が並んでいた」と社長の小川良雄さんは語る。
「創業者である祖父の小川竹次郎は、近県から米が運ばれてくる地の利を活かし、餅や煎餅の生地を作るところから商いを始めたそうです。その後、焙煎機を使ってきな粉や麦茶を作るようになりました。その頃から続く石窯焙煎の手法は、100年以上経った今も変わることなく受け継がれています」
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お話を聞かせてくれた小川産業の3代目社長である小川良雄さん。真っ直ぐな背筋と溌剌とした笑顔が印象的だ。「石窯を動かすと夏場の工場内は50度近くになるので体力が必要。健康でいられるのは、栄養のあるきな粉と麦茶をたくさん食べているからかもしれませんね」と微笑む。
二度煎りの“ひと手間”が引き出す、昔ながらの風味
取材当日、工場ではきな粉の製造が行われていた。工場の中心部には昔ながらの石窯がふたつ。釜に火を付ける重油バーナーは代々使われてきたもので、現代のような温度調節機能はない。窯の様子を観察しながら手作業で調整し、火力を整えていく。
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バーナーで火を入れた2号窯の内部がみるみる炎で染まっていく。バーナーは大正時代から、2号窯は昭和31年から使われており、いまも現役で活躍している。
小川産業のきな粉作りは2つの窯で焙煎を2回行う「二度煎り」が特徴だ。窯が十分に温まると、まずは1号窯に原料となる佐賀県産フクユタカ大豆を入れ、250度の高温で焙煎する。その後、大豆を隣の2号窯に移し180度でさらに焙煎するのだ。
石窯の内部は二重構造で、八角形の筒が回転する仕組みだ。一般的な焙煎窯の内部は円筒だが、あえて角を作ることによって、回転した時に豆がよく跳ね返り均一に火が入るようになるという。二重構造の外側には炭酸カルシウムの砂が入っており、砂から放射される遠赤外線の力で内側の大豆を包み込むように熱することで、豆本来の甘味や旨味を引き出すことができるという。初代が焙煎機メーカーと試行錯誤の末、開発した方法だ。
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銀色の1号窯。回転する窯の内側で煎られた大豆は美しい黄金色へと変わる。
「現代の主流である熱風式焙煎機は、密閉した窯に高温の熱風を送って焙煎します。早く火が入って効率が良い半面、煙の逃げ場がなく、どうしてもスモーキーな味に仕上がりやすい。一方、うちは石窯に使われている大谷石(おおやいし)と砂から放射される遠赤外線によって素材に熱を通すので、密閉の必要がありません。自然な空気循環を保ったままじっくりと熱を通すので、昔ながらの素朴で奥深い風味が引き出されるんです」
石窯の火加減は日々の気温や湿度に左右される。温湿度計や調整装置のない、昔ながらの石窯で焙煎の“ちょうどいい”加減をどう判断しているのかを聞くと、小川さんは「五感ですよ」と朗らかに笑う。
「大豆が回る音を聞き、目で見て色の変化を確かめ、鼻で漂ってくる香りを感じ取る。手に取って触り、何なら口に入れてかじったっていい。そうやって長年続けていると、豆の表情が分かってくるんです。嬉しそうか、悲しそうか。その表情を読み取りながら焙煎していきます」
苦労を経て磨かれた、より良い味の追求
自在に石窯を操る小川さんも、26歳で入社した時は「たくさんの失敗」を経験したという。
「先代の父が教えてくれたのは火の付け方だけ。あとは基本的に『見て覚えろ』という姿勢でした。機械のメンテナンスも独学で覚えていったので、油の差し方を知らずに機械が動かなくなったり、火力の調整を誤って設備を焦がしたりしたこともありました。失敗のたびに自分で原因を考えて解決策を見出していくから、五感で窯の調子を読み取る技術が身についていったのかもしれません。でも、ふたつの窯をひとりで同時に操るのは本当に難しかったですよ」
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近年、工場の建物をリニューアルしたが、創業時の工場で使われていた梁や計器をディスプレイとして残してある。「もともと横山大観の生家に使われていた梁を譲り受け、工場を建てるために再利用したもの、と祖父から聞いています」と小川さん。若かりし頃の汗と苦労が、思い出として深く刻みこまれている。
受け継がれてきた石窯焙煎の技法を今日まで守り抜くことは、容易な道のりではなかったという。80年代、バブル景気に沸く世の中とは対照的に、ペットボトルのお茶の普及や大衆の和菓子離れなど、消費者の嗜好が変化するなか、きな粉や麦茶の販売業績は下降線をたどっていた。
「経営が大変厳しい時期もありましたが、それでも小川産業の味を評価してくれる得意先があった。その信頼に応えるため、原点に立ち返らなければと思いました。食品メーカーの本質は味にあります。より良い味を追求するには、さらに良い原料が不可欠だと感じました」
原料の見直しに着手した小川さんは、佐賀県産のフクユタカ大豆と出会う。生産者を訪ね、土づくりから収穫まで品質管理に真摯に取り組む姿勢に感銘を受けたという。
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小川産業の定番きな粉「小川のきなこ」は佐賀県産フクユタカを100%使用している。通常の大豆と比べてたんぱく質の含有量が高く、深い香りと甘味が際立つ品種だ。
「毎年産地を訪れ、生産者との対話を重ねることで、私たちも大豆への理解を深められる。その知識は自分たちの商品に対する自信にもつながっています」
フクユタカ大豆での成功を機に、新たに誕生したのが山形県の「だだちゃ豆」を100%使った「だだちゃ豆きなこ」だ。
「山形県鶴岡市で出会った85歳の生産者は、現役で畑に立ち、数十名の農業従事者を指導していました。その頼もしい姿に触発され、枝豆のなかでも特に甘味と旨味の強いだだちゃ豆できな粉を作ってみようと考えたんです。特別な素材を使ったきな粉、という新しい価値の商品です」
生産者との信頼関係を築き、素材の個性を活かした商品を開発・製造する姿勢が、小川産業を新たなステージに導いたという。
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焙煎した大豆をきな粉へと加工する巨大な製粉機。刃が取り付けられている中央の円部分を定期的にメンテナンスすることで、きめ細かくなめらかな口当たりを実現している。
小川産業のもうひとつの看板商品が、創業から手がける昔ながらの丸粒麦茶だ。国内産の六条大麦を使用した「つぶまる®」シリーズは、六条大麦の粒を砕かず丸ごと使用することで雑味を防ぎ、すっきりとした飲み口と麦の香ばしい甘味を両立させている。
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石窯で六条大麦を二度焙煎する煮出し麦茶「つぶまる®」シリーズ。環境に優しい植物由来の「ソイロン」フィルターで包んだ「つぶまる®(ソイロン)」はお湯を注ぐだけでも麦茶を楽しめる商品だ。
「ティーバッグに入れるなど煮出しやすいような改良は行っていますが、石窯による豊かな香りと味はそのままです。わたしたちの仕事は、素材が本来持っている良さを最大限に引き出すこと。それは麦茶もきな粉も同じです」
大豆と麦から見出した、健康への可能性
創業から100年以上、小川産業は伝統の製法を守り続けてきた。そしていま、その伝統のなかに新たな価値を見出そうとしている。きな粉と麦茶がもたらす健康効果の解明は、小川さんが近年力を入れている取り組みのひとつだ。昔から「畑の肉」と呼ばれてきた大豆には、良質なたんぱく質をはじめ、ビタミン、ミネラル、食物繊維が豊富に含まれている。その栄養を粉にしたきな粉は、現代の健康志向に応える食品となると確信しているという。
「きな粉はいわば、植物性のプロテインです。女子栄養大学での分析で、当社のきな粉には体に必要な9種の必須アミノ酸がすべて含まれていることが分かりました。ヨーグルトやサラダにかけたり、ココアや牛乳などに加えたりと、良質なたんぱく質を毎日の食事に気軽に取り入れられる手軽さも、きな粉の大きな魅力のひとつだと考えています」
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焙煎したきな粉は工場内にある加工場で粉状に挽き、すぐにパッケージに入れて出荷する。まさに “煎りたて・出来たて” だ。
麦茶にもまた、現代人の健康を支える力が秘められているという。食物繊維やミネラルが含まれ、その香りの成分であるピラジン類には血液の流れを良くしたり、ストレスを和らげたりする作用があることが知られている。
「麦茶には健康効果もリラックス効果もあるのですが、私は麦茶を沸かした時の、麦の香りが部屋中に広がって、空間が作られていくところが好きなんですよ。夏場の水分補給として飲まれてきた麦茶ですが、ホットで冬場に飲んでもおいしい。一年中飲めるお茶として親しんでいただきたいですね」
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冷水でも麦茶が作れる「つぶこ」や、外出先でも麦茶を楽しめる「マイボトルつぶこ」など、小川産業の麦茶はシーンに合わせて楽しむことができる。
地域に寄り添いながら、世界のこれからを見つめて
伝統製法によるおいしさと、健康な毎日を助ける効果。きな粉と麦茶に共通する強みが明確になってきたことで、小川産業はアジア市場での展開という新しい目標に向かって歩き始めている。
2014年には政府開発援助(ODA)の依頼でスーダンにきな粉工場を作り、現地の人々の栄養補給に貢献するとともに、雇用を生み出す取り組みも行った。その経験もまた、グローバル展開への思いとつながっているのだそう。
「スーダンでは、栄養価の高い食物がどれだけ重要かを目の当たりにしました。現在は情勢が不安定ですから、直接働きかけるのは難しいかもしれません。でも、世界中の人が麦茶を飲むようになれば、気持ちが穏やかになって争いなんてなくなるんじゃないかとも思うんです。まずは世界への足がかりとして、健康意識の高まりを見せているアジア市場で、きな粉や麦茶を食卓に取り入れてもらえるよう働きかけていきたいです」
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煮出し麦茶「つぶまる®」と「小川のきなこ」、ふたつの定番に加えて、最近は石窯二度焙煎の「ひよこ豆粉」が誕生。「ヴィーガン料理やエスニックフードに欠かせない食品ですから、アジア圏での需要に期待しています」と小川さん。
2020年には他社で研さんを積んでいた息子の桂輔さんが入社、小川産業の一員となった。現在、創業から116年。今後も江戸川区を拠点に、150年続く企業を目指して製造を続けていってほしいというのが父親としての願いだという。
「わたしたちの工場からは音も出れば匂いも出る。たとえ麦茶やきな粉が『芳ばしくていい香り』といっても、毎日のことですからね。近隣の皆さまの理解があってこそ続けてこられた仕事です」
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2号窯の前で、煎った豆を箕(み)に載せて運ぶ息子の桂輔さん。これからの小川産業を担うべく修行に励んでいる。
地元・江戸川の人たちに報いたい、という思いを胸に、地域の活性化にも取り組んでいこうと、地元の中学生に対する工場見学や職場体験の受け入れ、区内の食育イベントへの参加など、江戸川区との関わりを大切にしているそうだ。
江戸川の街に毎朝ふわりと漂う焙煎の香りが、明治の創業から変わらない小川産業の営みを伝えている。伝統の技を守りながら新しい価値を創造し、地域に寄り添い、世界へと視野を広げる。創業以来貫かれてきた “ひと手間” の精神が、今も着実に受け継がれている証だ。
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Writing 木内アキ
Photo 竹下アキコ
事業者のご紹介
1908年、初代・小川竹次郎が前身である「小川商店」創業。餅や煎餅の生地製造から始まり、きな粉や麦茶の製造を手がける。1956年に2代目・小川繁男が小川産業株式会社を設立、1989年より3代目・小川良雄が代表を務める。創業以来の石窯による伝統的な製法を守り続け、佐賀県産フクユタカ大豆を100%使用した「小川のきな粉」や、国産六条大麦にこだわった麦茶「つぶまる®︎」シリーズなどを製造。2012年には「江戸川区産業賞 優良企業」を受賞。
・小川産業株式会社
・東京都江戸川区江戸川6-31-4
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