江戸川「もの」語り Story
【型小紋】受け継がれる柄に 時代の色をのせて
型小紋
三橋工房
三橋京子さん
全面に柄をあしらったおしゃれな着物として愛される小紋。江戸川区西小松川の閑静な住宅街にある「三橋工房」は、伝統的な型染めの技法を用いた鮮やかな柄を得意とする「型小紋」の工房だ。6代目である三橋京子さんの手によって、現代の息吹が取り入れられた染めの美がこの場所から生まれている。
外出や食事の場面など「日常の中のおしゃれ着」として愛される着物、小紋。その中でも、型を使って繰り返し文様を染める技法が特徴の「江戸小紋」は、江戸時代から脈々と続く伝統的な染め物だ。ここ「三橋工房」は江戸寛政年間(1789~1801年)の創業。その長い歴史と伝統を物語るのが、200年以上ものあいだ代々受け継がれてきた約2万種類もの型紙だ。「ひと目で三橋の作品とわかる」と評されるほど個性的な柄が揃うことから「型小紋」と言われるようになった。
独自の個性を打ち出す「型小紋」
伝統的な「江戸小紋」は、無地に見えるほど細かな文様を染めるのが特徴とされている。しかし「三橋工房」の小紋は、既成概念にとらわれない大胆な柄や、ターコイズブルーやカーキなどといった現代的な配色をふんだんに取り入れ、新鮮な表情を生み出している。伝統に意識を向けながらも、その時々の暮らしに合った表現を追求してきた、と話すのは6代目の三橋京子さんだ。
「私の義父である5代目・栄三は、沖縄の伝統染めである『紅型』を関東風にアレンジして小紋を作るなど、とても新しい発想の持ち主で、彼が手掛けた斬新な柄行きや型染めは評判を呼びました。そういう伝統の江戸小紋とは異なる型の個性があったことから、『型小紋』と呼ばれるようになったのです」
「三橋工房」の歩みは江戸中期、初代である松本屋金太郎が、本染め浴衣を作る事業を興したことに始まる。
現在の小紋にも受け継がれているのが、その当時から用いられている「長板中型」という技法だ。長い板に布地を貼りつけ、型紙を使って防染の糊で布に柄を載せる。糊を付着させた部分は染料が染み込まないため、布地を染めた後に糊を落とすと白地となって柄を浮き立たせる、というものだ。
この工程の中でも、特に熟練した技術を必要とするという、布地に糊を載せる作業「型付け」を見せてもらった。
穏やかな心で、最後までやりぬく精神
工房内に並べられた約6メートルもの長板。この上に無地の反物をまっすぐに貼りつける。さらにその上に模様が彫られた型紙を載せ、ヘラを使って鮮やかな青色の糊を均一に塗っていく。
「型付け」に用いられる伊勢型紙は、作業の前に一昼夜水に浸け、しっかりと水分を含ませる。この工程によって型にしなやかさが生まれ、転写する図柄がまっすぐになるという。
型紙の幅には限りがあるため、いったん布に図柄を転写したら型紙を置き直し、柄の連続性が損なわれないように気をつけながら再び糊を塗っていく。この作業を着物一反であれば12メートル分、何度も何度も繰り返すのだ。
「型付け」をしていると、次第に型紙の水分は失われ、細部に不要な糊が付着してしまう。そのたびに工房内にある流し場で型紙を洗い、水分を補う。一方、型紙に水分が残っては、糊がゆるんで生地に影響を及ぼす。その都度、きれいに拭き上げないと作業は再開できない。
「水仕事ばかりで手の油が取れて、ガサガサになってしまうけれど、もう慣れました。面倒がって乾きや汚れをそのままにすると、結局は出来が悪くなってしまいますから。何十年も続けてきたことなので、苦労とは思いません」
三橋工房では、一度型付けをしたあと、時間をおいてまったく同じ場所にもう一度型付けをする「二度付け」という方法を採用している。手間やズレるリスクはあるが、糊付けした部分にしっかり高さを作ることで、白地の部分がくっきりと美しく仕上がるからだ。研ぎ澄まされた静けさの中、ヘラを動かす音だけが工房内に広がる。
「同じことを何度も繰り返すのは根気が要ります。でも、一度始めたら途中で止めるというわけにもいかないですから。型付けが小紋の柄を美しくする要。だから絶対に焦らず、最後まで集中してやり遂げなければいけないんです」
「色挿し」と呼ばれる染めの工程も見せてもらった。小さな刷毛を使って、模様の糊の付いていない部分に色を挿していく。染料を付けすぎると裏側まで色が染みてしまうため、ここでも焦らず、一つひとつにゆっくり丁寧に進める必要があるという。
色鮮やかな配色もまた「三橋工房」の個性だが、どう色を挿すかは「ひらめき」と三橋さん。この工程が最も楽しいと話す。
「お着物に仕立てられたとき、どういう見え方になるか想像しながら、バランスの良い色の配置を考えて。いつしか色の世界に入って無心になる感覚はいいものですよ」
継承された技に、現代の感性を組み合わせて
作業開始から染め上がるまで、数か月を要する丹念な手仕事。その技術と忍耐強く染めに向き合う精神は、義父の栄三さんによる指導の賜物だという。
「仕事に厳しい人でしたが、とにかく研究熱心で知識も豊富。遊び心のある独創的な柄を好み、現在使っている型紙の中にも義父自身が図案を描き、彫りを依頼したものがたくさんあります。現在の三橋工房の柄の世界は、義父が築いたようなものです。
工房の最盛期は制作を職人さんに任せて現場から離れていた時期もありましたが、後年になって、義父自身が型付けする姿を見たとき、その素早さと正確さに目を見張ったものです。職人としても素晴らしい腕前でした」
伝統を守る一方で、現代のライフスタイルに合わせた商品開発にも意欲的に取り組んでいる。その代表作のひとつが、表と裏それぞれに異なる柄をあしらったリバーシブルの半幅帯だ。
日常的に着物を着る機会が少ない時代であることを受け、百貨店での催事などで30年近くお客様と対話しながら販売し、声を聞くことを大切にしてきたという。
「お客様との対話から刺激を受けることで、ターコイズブルーやピンクといった配色や、リバーシブル仕様など現代人の感覚に合った商品が生まれてきたのだと思います」
母娘二人三脚で、染めの魅力を広めていきたい
1950年に先代が江戸川区に移り住んでから70年以上。江戸川伝統工芸保存会に参加したことがきっかけで、展示販売や実演の機会も増えたという。
「江戸川区が私たちのような伝統工芸者を応援してくれているのを感じます。女子美術大学と連携し、新しい伝統工芸製品を作る『えどがわ伝統工芸産学公プロジェクト』にも毎回参加させてもらっています。若い世代の感性や発想から学ぶことも多いですし、これをきっかけに染めの魅力を知ってもらうことも大切な役割だと感じています」
未来に向けての新たな一歩は、長女の松本延子さんが七代目の修行を始め、母娘で工房を切り盛りするようになったことだ。「技術については、母に教わらなければいけないことが山積みですが、祖父や父が思いを持って続けてきたこの工房を守り継いでいけたら」と延子さんは決意を口にする。
「お嫁さんが家業を手伝うのが当然、という時代で、そこから始めていつしか義父も夫も見送って。もう好きなようにしていいはずですが、染みこんじゃっているんですね、染物屋の仕事が。先のことは分かりません。でも始めた以上は変わらず続けることが、人として筋道を立てることで、私はそれを大切にしていきたいんです」
一歩一歩たゆまぬ前進を続ける、その真摯な姿勢こそが「三橋工房」の染めを支え続けている。
Writing 木内アキ
Photo 竹下アキコ
事業者のご紹介
江戸時代末期の寛政年間、初代・松本屋金太郎が本所緑町にて「長板中型(本染め浴衣)」の板場を興す形で設立。1950年に5代目・三橋栄三が江戸川区に三橋染工場を開設。1968年より三橋京子が修業を開始。江戸時代から伝わる型小紋の技法に、沖縄紅型の華やかな色彩を取り入れた斬新な作風で評判を呼ぶ。2004年、江戸川区無形文化財に認定。
・三橋工房
・東京都江戸川区西小松川町29-11