江戸川「もの」語り Story

【江戸印傳】革と向き合い68年、熟練の技で魅せる印傳のバッグと小物
「株式会社三紅」の工房があるのは、江戸川区松本の住宅街の一角。そこで手を動かすのは、鹿革に漆を使って文様を施す伝統工芸「印傳」を用いてバッグや財布などの革製品をつくり続ける職人、多田司さんだ。15歳から革と向き合い68年。多彩な小紋柄の革片をパッチワークに仕立てるなど、独自の技と発想で生み出される三紅の革製品は、江戸川区から全国へと届けられている。
伝統の柄にオリジナリティを加えた「江戸三紅印傳」
工房の中に入ると、革製品特有の豊かで深みのある香りが漂ってくる。壁面には、色番ごとに整然と整理されたミシン糸の箱が天井近くまでびっしり。その近くに、ドイツ製のミシン「アドラー」をはじめ、縫製の用途に合わせたミシンが数種類並ぶ。
「このミシンはもう50年になるけれど、こっちの方はまだ40年くらいかな? きちんと手入れをしているから今でも調子がいいですよ」と笑顔を見せるその人が、三紅の代表取締役である多田司さん。日々相棒であるミシンの前に座って、今日も革を縫い続ける熟練の職人だ。
話を聞かせてくれた三紅の代表取締役・多田さん。工房には、デザインから縫製までを手掛けるバッグや革小物がずらりと並ぶ。
三紅の代表作が、鹿革に漆で文様を施す日本古来の革工芸「印傳」の技法でつくる「江戸三紅印傳」シリーズのバッグや革小物だ。印傳の歴史は古く、甲州(現在の山梨県)を発祥とする伝統工芸として知られるが、江戸三紅印傳は、多田さんの職人技と発想が加わることで独自の進化を遂げている。
たとえば「紐入りパッチワーク印傳」は、多彩な小紋柄が施された印傳の鹿革を、計算された配置で並べ、その繋ぎ目に平らな紐を噛ませてミシンで縫い上げる繊細な技法だ。こうした技術の源流は、多田さんが革職人の世界に飛び込んだ15歳の日々にさかのぼる。
取材時に製作中だった、紐入りパッチワーク印傳のボストンバッグ。商品の表面に異なる小紋柄がいくつも集まる贅沢な仕立ては、三紅にしかつくれない看板商品となっている。
15歳から磨いた技が「印傳」と出会うまで
1958(昭和33)年、中学を卒業したばかりの多田さんが職人になろうと決意したのは、叔父からのひと言がきっかけだったという。
「叔父は大阪でハンドバッグの問屋をやっていまして、『勉強が嫌いなら職人になれ』と修業先を紹介してくれたんです。私の故郷は淡路島で、山や川を飛び回りながら育ちましたから、朝8時から夜10時まで座り仕事が続くなんて想像もしていなかった。もう1週間で逃げ出したくなりましたよ(笑)」
大阪での慣れない新生活に苦労する中、少年時代の多田さんは早くも独自の目標を定めていた。「10年で独立する」という決意だ。その思いを原動力にして、皆が寝静まった深夜に親方の型紙を引っ張り出し、その構造を一枚いち枚、目に焼き付けた。また、持ち込まれたバッグの修理を率先して手掛け、他社の工夫や独自性からも学びを深めていった。
「お店に行けばバッグのデザインは見られるけれど、内側の構造まではわからない。若い時に修理をたくさん経験して “つくり” の知識を学んだことが、制作の引き出しを増やしてくれたと思います」と、多田さんは話す。
そんなある日、休日のデパートに市場調査に行った多田さんの目に、ある革製品が留まる。非常に高額にもかかわらず売れ行きが好調だという、ワニ革のバッグだった。
「この技術を学んでみたいと思い、東京にある爬虫類皮革の専門メーカーを紹介してもらって21歳で上京しました。そこで習得したのが『つなぎはぎ』という技法です。爬虫類の皮革を扱うには、面積が大きい牛革とは異なる、繊細な繋ぎ合わせの技術を要します。4年半みっちりと修業して、25歳で目標だった独立を果たしました」
しかし独立からわずか5年後、1973(昭和48)年にワシントン条約が採択され、爬虫類が規制品目に加えられる。仕入れルートが断たれた多田さんは、新たな道を模索するうちにブランドバッグのOEM(生産受注)を手掛けるように。事業は好調で、1986(昭和61)年には株式会社三紅を設立。大手ブランドからの厳しい要求に応える過程で、職人としての技術も高まっていった。
工房にある印傳の皮革(ひかく)。伝統的な小紋柄をあしらったもののほか、モダンな洋風の柄を施したものなど、宿す色や模様はさまざまだ。
懇意にしている業者から「印傳のバッグを作ってほしい」と依頼を受けたのも、同じ頃だった。初めて印傳の革を手にした時は「作りやすそうだ」と気持ちが高鳴ったと、多田さんは振り返る。
「昔のワニ革って、ゴツゴツとしたこぶがあって本当に硬かったんです。それを縫っていた頃を思うと、印傳に使われる鹿革は非常にしなやかで、ものすごく扱いやすい。加えて、日本固有の漆を用いた素材の奥深さに、強く惹かれました。職人っていうのはね、良い材料に出会うと心が躍るし、それだけで出来映えも違ってくるものなんです」
革片を緻密に繋ぎ合わせる、パッチワークの美
バッグのデザインを考え、型紙を起こし、縫製から仕上げまでを一貫して手掛けるのが三紅のものづくりだ。看板商品であるパッチワーク印傳は、まず印傳の革を裁断するところから始まる。抜型を革の上にセットし、機械でグッと圧力をかけると、一瞬の鋭い音とともに鹿革が切り抜かれる。
商品の形に合わせて、特注で作られたスウェーデン鋼の抜型を革の上に置き、専用のプレス機で圧力をかける。そうやって切り抜いたチップをパッチワークとして繋いでゆく。
裁断した後のチップは、革漉き機で端を薄くする「コバ漉き」の工程へ。革を繋ぎ合わせる際、端が厚いままでは仕上がりに響くからだ。
革同士が重なる部分に厚みが出ないよう、回転する刃で革端を削り取る「コバ漉き」。このひと手間で縫製がしやすくなり、繋ぎ目も平らになって製品のシルエットも美しくなる。
コバ漉き後のチップにクッション性のある芯材を縫い合わせてパーツをつくり、それらを一つひとつミシンで繋ぎ合わせてゆく。
チップの繋ぎ目に平紐を這わせる「紐入りパッチワーク印傳」は、娘の祐見子さんが土台づくりを手掛けている。商品のサイズに合わせて粘着剤のついた接着芯を切り出し、チップを丁寧に貼り合わせていく。
同じ柄が隣同士にならないよう、色のバランスや配置に気をつけながらチップを一枚ずつ並べていく。
貼り合わせが終わると多田さんがミシンへ向かい、パッチワークの繋ぎ目部分に平紐を乗せながらジグザグミシンをかけていく。縫製を安定させながら、デザインのアクセントとして製品の個性を際立たせる工夫だ。手間を惜しまない丁寧な工程の積み重ねが、三紅の製品の価値をつくり出しているのだ。
見本のパッチワークを使って、紐を縫いつける様子を実演してもらった。チップの隙間に這わせた平紐を、上から押さえるように縫いつけることで革同士をしっかりと連結させる技術だ。紐や糸の配色によってデザインの表情も変化する。
「紐入りパッチワーク印傳」のリュックサック(左)と、変わり市松模様の印傳を主役にしたリュックサック(右)。側面収納や便利な内ポケットなど、細部まで使いやすさにこだわった、つくりの良さが光る。
ものづくりを支えた江戸川区への感謝を胸に、新たな挑戦へ
三紅が工房を構える江戸川区の松本は、多田さんがおよそ60年にわたって暮らし、ものづくりを続けてきた場所。2025(令和7)年12月、三紅は「江戸川区産業賞 優良企業」に選出された。江戸川区には仕事と家族の歴史が刻まれている、と多田さんは言う。
「昔はこの界隈も縫製業者が多かったから、地域全体でものづくりを支えていく気風があったんです。都心で、これだけの機械を置いて工場を構えるのは大変なこと。江戸川区だから家族で力を合わせてやってこられた、と本当に感謝しています」
「ブランドバッグを手掛けていた時期は、江戸川区がパートさん探しを手伝ってくれたこともあったんですよ」と、懐かしそうに当時を振り返る多田さん。
現在80代となった多田さんだが、ものづくりへの情熱が尽きることはない。孫のランドセルを観察してリュックの肩紐の構造を改良したり、電車の中では乗客のバッグを見て「あのポケットは便利そうだな」と気づきを得たり。日常のあらゆる場面からアイデアを吸収、ひらめきがあると図面を描く手順を挟まず、いきなり型紙を裁ち始めるのだという。
思いついた瞬間、手近な紙にアイデアを描き留めておくのだそう。「『だいたい、こんなバッグになるな』という予測さえできれば、型紙を切れます。何十年もやってきていることですから」と多田さん。
また、鹿革に漆で柄を施す印傳の加工はふだん専門の職人に依頼しているが、70歳を過ぎてからガレージに作業場を設け、自ら漆の研究も始めたという。「外注するにしても、自分の中に『基準』がなければ、本当の意味で良いものはつくれませんのでね」と、多田さんは楽しそうに瞳を輝かせる。
「私の生まれた淡路島では『漆器の器で産湯を使うと漆にかぶれない』という言い伝えがあります。家族は生漆に敏感なのですが、私はまったくかぶれないので産湯のおかげかもしれませんね」と多田さんは笑う。
歩みを止めず、ものづくりを探求し続ける多田さんに、これからの夢について聞いた。
「海外のお客様にも印傳の魅力を広めて、三紅のバッグを使ってもらえたら嬉しいです。そして機会があれば、高級な印傳のバッグだけをつくるのではなく、切れ端などを使ったカジュアルなバッグのブランドを立ち上げてみたい。せっかく人生をかけてバッグをつくってきたんですから、最後に大きな花を咲かせたいじゃないですか」
伝統を守りながら、常に新しい価値を生み出し続ける。そのものづくりを楽しむ姿勢こそが、江戸川から全国へと花開く江戸三紅印傳を支える力なのかもしれない。
Writing 木内アキ
Photo 竹下アキコ
事業者のご紹介
バッグ職人である多田司さんによって1968(昭和43)年に創立。爬虫類皮革で培った緻密な「つなぎはぎ」の技術と、伝統技法の印傳とを融合させた独自のバッグ・小物づくりを続けている。多田さん自らが企画・デザイン・制作を担当。2000(平成12)年に完成させた「紐入りパッチワーク印傳」は同社の代名詞となり、2025(令和7)年には「江戸川区産業賞 優良企業」に選出された。
・株式会社三紅
・東京都江戸川区松本2-35-22
