Story

アイディアを形に。屈強な職人集団が手掛ける繊細なへら絞り製品

金属へら絞り加工  髙橋鉸工業株式会社

髙橋雅泰さん

四角い金属板を回転させ、刃を当てて丸くカットしてからへら棒を当てていくと、みるみるうちに伸びて広がり、パラボラアンテナのような形になったり、小さな円盤がコップの形になっていったりする。初めて目にしたへら絞りの技術は、まるでマジックを見ているようだった。

下町情緒あふれる平井駅前商店街からほど近く、髙橋鉸工業株式会社の創業は、1949年のこと。以来、一貫してへら絞り加工品を製造している。

「小さい頃から父の後を継ぐと決めていました。小学校の卒業アルバムにも“将来の夢は三代目の社長になること”と、私が書いた作文が載っているんですよ」と話すのは、代表の髙橋雅泰さん。

「高校卒業と同時に普通車の運転免許を取りに合宿免許スクールに入り、免許を取得した日にその足で大田区にあるへら絞りの会社に入社しました。そこで5年間、住み込みで修行して、その後、父と一緒に家の仕事をするようになりました」

2017年、髙橋さんは47歳で父の後を継いで代表取締役社長となり、子供の頃からの夢を一つ、叶えた。以来、現在も15人の従業員とともに、ものづくりに打ち込んでいる。

原材料のひとつ、銅板をもつ髙橋さん。髙橋さんの手にかかれば、この大きな塊が30秒足らずで形を変える

「へら絞り」とは、金属の板を機械で高速回転させ、その表面に「へら」(またはへら棒)と呼ばれる棒を押し当てて変形させながらさまざまな形状の製品を作っていく加工法のこと。取り扱う金属は、ステンレス、アルミ、鉄、銅、チタンなど多岐にわたり、作るものによって、大きさや厚さもじつにさまざまだ。さらに、へら棒も、凸型や、先端に金属製のローラーが付いたものなど、たくさんの種類が揃っている。

「素材の特性や作るものの形状に合わせて、美しく、効率よく仕上げていくために、より適切なへら棒を自分たちで作ります」

と髙橋さん。

専用の「へら」。加工するものに合わせて、長さや形状が違うへらを巧みに使い分ける。

工場の各所で、職人さんがそれぞれの作業をしている。世代はバラバラだが、屈強な体つきが印象的だ。

「ステンレス鋼など、硬度の高いものを相手にする場合は、やっぱり相当な力が必要になります。チタンも硬くて伸びにくいという性質があるので、体全体を使って力を込めていく。ただ、力を入れすぎていると金属が伸びてあっという間に変な形になってしまったり、破れたりしてしまいます。ヘラ棒に込める力を強めたり、時には弱めたり、実践しながら感覚をつかんでいくしかありません。私たちが若い職人に教えるといっても、伝えるのはその感覚だけなので、あとは自分自身の体で覚えていくしかないんですね」

“余談ですが”といって髙橋さんが「だからうちの職人たち、みんな筋肉ムキムキですよ。ジムに行かずとも、日々仕事で鍛えられているんです」と教えてくれた。なるほど、確かに。テコの原理を利用しながら、職人さんたちが自分の全体重をかけて金属板と格闘した結晶というわけだ。

大型時計用の部品の絞り加工作業。工場内で作業するのは屈強な職人さんたち。日々の絞り作業が筋トレになるのだそう。

髙橋さんの工場で作られる製品はじつに多種多様で、世の中にあるさまざまなものに使われている。たとえば全国の学校や公園で見かける大型時計の枠や街路灯のカバー、舞台やテレビ局で使われる照明器具、フライパンや各種金属鍋、そして空港やホテル、巨大ショッピングモールの冷暖房吹出し口寺社関係では大小の擬宝珠や宝珠。さらに、楽団で使う楽器・ティンパニーも。銅製、アルミ製のティンパニーを作っているのは、現在、国内ではここだけなのだとか。どれもこれも、私たちが一度は目にしたことがあるものばかりだ。

ちょうど私たちが訪れた時には、ステンレスで動物園のキリンとシマウマ用の餌の器ができ上がるところだった。

キリンやシマウマ用の餌の器の製造途中。おいしそうに食べる動物たちの表情を想像しながら作っているそう。

製品によっては、一度絞って形を作った状態のものを、製作過程でできた内部のひずみを取り除くために、火で炙ることで、材料を柔らかい状態にする「焼きなまし」という作業を行い、そこから再び絞って加工する、ということもあり、さらにその工程を数回繰り返すこともあるという。

「なます回数は、使う素材や、絞る深さによっても違ってきます。そのようなこともあってか、へら絞りを“陶芸の金属版みたいだ”という方もいらっしゃいます。まさに自分の力加減で左右された金属が、まったく新しい形になっていく。そんなところがへら絞りのおもしろさでもあると思います」

 

「焼きなまし」の作業。

「祖父の時代に、車のヘッドライトカバーやアルミ製食器、裸電球の傘などを手がけるところから始まり、世の中の発展とともに切磋琢磨して、技術を磨き上げながら現在に至っています。祖父や父から受け継いだ技術を生かしながら、最近は新しい試みにも挑戦させてもらっていて、ますます仕事が楽しくなってきました」

実は髙橋さん、これまで培ってきた絞り加工の技術を活用して世の中にさらに発信していきたいと、2022年に自らのブランド「TASHIKA」を立ち上げた。その名前は、“髙橋・絞り・開発”を組み合わせたもので、確かなものづくりという意味も込められている。「TASHIKA」の製品はデザインから製作まで、一点一点、すべて髙橋さんのハンドメイドで、主にアウトドアで使用するランタンのガスカバーやランプシェードなどが大人気。オンラインショップだけでなくイベントに出店すると、即日完売になってしまうほどだ。絞り加工をした銅の表面に槌目を施したものや、チタンを磨いた後に炙って深い青い色に仕上げたものなど、新感覚の絞り製品が次々と登場している。

2022年に立ち上げたTASHIKA ブランド。キャンプ用品を中心にへら絞りの技術を活かした新たな商品開発を始めた。

「たとえば、ステンレスにサンドブラスト(微細な砂を噴射させて当てる加工法)をかけるとまったく違う素材に見えたりして、絞り加工の後に表面処理をすることで、いろいろと表現を変えられるのが面白い。今は、形にしたいアイディアがどんどん湧いてきています。」

社長の元気がそのまま工場にも浸透して、ますます活気あふれる髙橋鉸工業。“新兵器”の設備搭載で、さらに新しい試みも生まれていきそうだ。

「自分が作るものが世に出ていって、それでお客様を笑顔にできる。それがものづくりの楽しさですね。スタッフにもアイディアを出してもらって、自分たちの作ったものがどれだけ世間の人に受け入れてもらえるのか、みんなでどんどん挑戦していきたいと思っています。うちの工場、今はとってもいい気が流れていて(笑)、来年には補助金でファイバーレーザーという板を切る新しい機械の購入も決定しています。今後のさらなるパワーアップを期待していただければと思います」

LAMP SHADE for goal zero_銅:槌目 職人の手作業で、ひとつひとつ叩いて施した槌目デザインが美しく、あたたかみのある光がキャンプシーンを盛り上げてくれる。

Writing 牧野容子
Photo 本名由果

事業者のご紹介

1954年創業。照明器具、時計や楽器、お寺や神社の宝珠など、へら絞りの技術を用いて生活に密着した様々な製品を生み出す。また、2022年にはオリジナルブランド「TASHIKA」を立ち上げ、キャンプ用品を中心に次々とアイディアを形にしている。